2011年8月23日

燃えないゴミ

燃えないゴミの日の朝、出勤途中に
ゴミステーションを周回している軽トラックや
軽の1BOXカーをよく見かけます。



捨てられたゴミの中から
使えそうなものを物色し、自分の車に積み込んでいく。
中にはゴミ袋を切り裂いて、欲しいものだけ抜き取って
残りのゴミを撒き散らしていく事もあります。



ゴミを捨てる立場からすると、
人に見られたくなかったり、触れてほしくないものもあるし
街の住民からすると、
ゴミを散らかす困った存在です。
もちろん、ゴミの抜き取りは違法です。



ただ、いくつか考えさせられることもあります。


一つには、
そんなゴミを回収している人たちが
本当にその仕事がしたいのかという事。

フィリピンでは、スモーキーマウンテンというゴミの山で
生きるためにゴミを集める子どもたちがいます。

法律に触れるから、ダメという以前に
社会復帰や、貧困から逃れる制度や仕組みが
出来ていないこと、それは俗に言う途上国だけでなく
日本でも起きている問題ではないかと考えさせられます。



そしてもう一つは、
まだまだ使えるものを捨てているという現実。
もちろん、他の人に使ってもらいたくないという感覚もあると思います。
自分で買ったものは、捨てるのも自由だという意見も分かります。


ただ、使っていた形のままでは難しくても
資源として分類して回収するなど
方法はあるように思えます。


ただ、回収方法や分別方法を整理するだけでは
手間がかかる割には、経済コストもエネルギーコストも
マイナスになるという試算もあるようです。

生産の際から回収、再利用を考える仕組みが
なければ、理想論で終わってしまいかねません。



必要なもので、長く使えるものだけを買う
俗に言う”北欧スタイル”をもっと考えたいですね。



と、朝の通勤途中からそんな事を考えてしまいました。

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